渡辺 淑子   

大正6年生まれ 
俳誌「恵那」同人、「白形」、「年輪」会員
県俳句作家協会 協会賞
市俳句作家協会 優秀賞・入選
市文芸祭俳句の部 市長賞・奨励賞・入選
市信用農協俳句祭 特選
文芸祭俳句の部 市長賞・奨励賞・入選
赤ちゃん賛歌コンテスト 作品表彰
句集「花石榴」「佳山水」など出版

 



 

句集「花石榴」より

晩学の秋の灯しを子と頒つ

樋歩く雀の音や障子貼る

桜蘂散り敷き御苑春深し

もう遠出かなわぬ母に萩咲けり

俳句作品紹介

昭和47〜49年

鈴虫の鳴く夜の句作主婦として

掛稲の匂ふ小道や空晴れて

早乙女の足もて足の泥落とす

草の絮部屋に舞ひゐて昼ひそか

バス待つや皆春寒を口にして

 

悴むや電線工夫職なるも

竿の物とり込み日脚伸ぶを言ふ

枯茨に裾とられつつ近道す

電話ちょと拝借に入る花の庫裏

師匠病み茶室閑なり利休の忌

 

蜂ひとつ石蕗に出で入り昼ひそか

タイル貼る音まだ続き石蕗昏るる

小春の歩老母に合はせ隣まで

葱刻む厨辺凍ての裳裾より

末の子の受験日今日よひた祈る

 

娘も嫁ぎ静かなる日の春炬燵

岩清水かき濁らせて村の児ら

木犀の香に婚の客出つ入りつ

すだく虫夜毎に殖えて孫生まる

夜学の子時々椅子を軋ませる

 

歌留多読む声なつかしみ佇ちて聞く

麦の芽の出揃ひ丘の起伏よし

受験子をはばかりテレビ小声にす

新涼に子の勉学も進むらし

天神に願ぎ事多し受験月

 

もぎし竿立て掛けてあり木守柿

火の神を祀る焚火に酒酌みて

遊びたる児の頃の坂落葉踏む

新樹光合掌家屋山を背に

老鴬や薪うづ高く窯の辺に

 

尾の切れし蜥蝪に閉ざす友の家

みどり児の重きが嬉し菖蒲湯に

秋雨や泥のクレーン車置き去りに

ひとり居の母も年木を積みひそと

囀りの子雀らしや頓に殖え

 

畦を行く水田に蝌蚪の殖えし日を

毛糸編む母となる日の近き娘よ

螻蛄鳴くや豪雨のあとの夜のしじま

茶が咲けり屑屋が庭に来て居りて

老母と歩すいつもの路地の今日小春

 

春愁やひとり娘嫁ぐ日も近く

月の歌うたひ来る児に塾灯る

ひとり居の餉は手間取らず昼の虫

野路晴れて子と歩す家郷穴まどひ

夜々育つ月玻璃越しに寝まるなり


昭和50年〜59年

 
巣作りの蜂やひねもす簷去らず
泰山木ほぐれんとして昏れ残る
合歓閉ぢて背ナの幼も眠りけり
 
月の客迎へ我が灯の華やげり
子を守り蚕も守りて雨篭る
梅雨の芝光りつ木々の影濃くす
 
陶房の二人の一人昼寝して  
母ひとり住めり草家の涼しさに
道祖神在す三叉路枯れ枯れて
 
展望台全身秋の風まとふ
 冬枯れの道急く麻疹の子を案じ 
骨折の予後ぎこちなき梅雨寒や
 
       地に敷ける虫めく栗の花の醜       
秋灯嬰の百面相を見て和む
干し物の影揺れ硝子戸冬うらら
 すいすいと家鴨春水ゆるやかに
塑像なす番の白鷺水澄めり
 

野辺山二句

まなかひに八ツ 岳一面の玉菜畑
ジョギングの人に逢ひけり星涼し
 
前山に日の残りゐて残る柿   
たなびける雲とまがふや遠桜
畑打ちの人ほつほつと車窓昏れ
 
若葉雨庭に明るく降りやまず         
幼名で呼ばれ駅頭冬ぬくし
置手紙して短日の外出かな
 
ちょろちょろと水流れゐて花菖蒲
地に落ちて毛虫ひたすら這ひゆけり
更衣しても雲水墨衣
 
句の道の遅々と進まず子規忌来る
秋風やローカル電車唯二輌
全山の紅葉眼下にリフト行く
 
照り昃りして花茶垣昏れんとす      
岩鏡駒ガ 岳に供養の石積めり
うづ高く廃車積まれて枯野昏る
 
足弱の母に手を貸す芽木の坂
侘助の一花に茶室引き緊まる 
木移りの小禽に山の枯れ極む
 
ぼうたんの仄と笑むがに蕾もつ
立話女らにあり日脚伸ぶ 
沐浴の嬰のかがやきも春の宵
 
冠雪の松に小庭の景新た  
鵯の声こぼし冬宮寂とあり
梅ふふむ参道脇の日だまりに   
 
バスを待つ凍て川風を身にまとひ
薄氷を隅に池底の鯉屯ろ       
朴冬芽日のあはあはと移る峽
 
箒売り風花つれて来たりけり 
たんぽぽに登園の歩のはかどらず
花吹雪くまま犬眠る庭の昼
 
花榠櫨孫娘の園服よく似合ひ 
初蝶も舞ひ出て保育所午睡どき
園児らのざわめき落花しるき昼


  
トンネルを抜けまんさくの峽眩し
 黄にけぶり山茱萸庭を明るくす
     連翹に雨の明るさ山家ひそ      

   朱唇めき牡丹の蕾ふふみ初む
 籐匂ふ園児迎への母どちに

   田楽の芋笊に干し茶屋混める
 茅花呆け部活帰りの学生に
  腰までの長靴鮎釣昏れてゐし

     鉄線花の垣根のいつも揺れてをり
    ローカル線車中に草絮舞ひて閑

     小春の歩老母に合はせ隣まで  
  博学の士逝きませし書庫の冬
            徐々に徐々に変わり行く雲風邪に臥す     

 手轆轤の陶土自在に日脚伸ぶ
   嗄れ声のわがものならず春の風邪

     干し布団して暇らしや余花の茶屋
 蚊喰鳥とび交ひ夫の帰る刻
     鉦叩垣の内とも外かとも      

    ふるさとの遠き日の径白木槿
 炉焚き藁馬ひさぐ大旅篭

  新涼やコトリと郵便受けに音
 母米寿縁に爪切る冬うらら
         野に昼餉とる辺とんぼう離れざる    

  鐘楼堂籾むしろ延べ夕かげり
 遠雪嶺望む新家の客となり

        捨て案山子帽子阿弥陀に吹かれをり
 樋歩く雀の音や障子貼る
 雨の玉並ぶ空竿冬ぬくし

 刈田中菜畑青く日をとどめ
     あきつ群れ城趾への空深うする
 民宿に水車廻して吾亦紅

 穂田明り美濃路一望なる峠
          子つばめの終の一羽の翔ちにけり    

 青葉光文楽舞台寂び古りぬ
   そこここに物焚きし跡刈田昏る

     児の物を干すに冬の日追ひかけて
   手袋の右のみ脱いで切符買ふ
       数へ日や掃除機引きずる部屋部屋に

    グランドの若きらに晴る遠雪嶺
     沈む日の雲の華やぎカンナ炎ゆ

   唖蝉のかすかな羽音夕迫る
    磴百段梅雨の谷汲山人まばら

         昭和60年〜63年       

 在りしままの子規堂に秋机
   小春日の子規堂訪ふも旅半ば
    粧ふ山愛でてバス来るまでの刻

  狂院の窓に眼のあり枯木道
   壁落ちし田小屋に桐の花高し

      壊えすすむ納屋にちちろの昼も鳴く
 代田水濁し泥鰌のすと隠る
     いつまでも燻る籾殻ここも過疎 
 
      賽す音しかとひびけり宮冷えて   
  ほととぎす空耳かとも二三声
    満たされぬ心に青き踏みゆきぬ

  
  庭石の雪の円かに明け初むる

  志賀高原   
 忽ちに山菜採りの霧に消ゆ
 夏雲の峰に湧き立つ宿の窓
    水やれば如露の先よりとんぼ翔つ

 小道まで葛這ひ茂り過疎の村
    と見かう見しつつ買ふ櫛木曽の秋
 落葉掃く日々に蒼天広がりぬ

      バス酔ひのはげしく雨の曼珠沙華 
 
 旅半ば泡立草のどこまでも
  秋入日どの家も芥焼きて過疎
  木下闇めき庭古りて家もまた
 
    蛄蝓の来し方ひかりゐるが憂き
  秋耕の人に声かけ訪ふ母郷
   
    新雪の恵那山駒ケ岳窓にバスの旅
 新雪の木曽嶺そびらに牛の市
   供華凍てて事故の現場の風荒き
       
     凧揚げの児に御岳山の遠嶺光る
        鮎跳ねてきらりと夕べ近きかな    
 眠る人多き始発の電車夏

       レース編む娘の手早さを見て飽きず
         
 せせらぎのくすぐる蹠天高し
    胡桃打つ簗小屋瀬音の高まりに
      ドライブイン玻璃いっぱいに山粧ふ

   タイル貼る軒に猫寝て日脚伸ぶ


 石畳新樹洩る日のちらちらと
釣人の竿の放列巌涼し
 強霜や葎のやつれ殊に濃し

       菓子屑に蟻のたかるを児と見つむ
  
    降りもせで傘の荷となる梅雨曇り
   日を撥ねて氷柱斜めに融け急ぐ
   蕗の薹ほつほつ地表息づけり

  木之本石道寺三句
 観音の朱唇ほのかに雪明り
 白障子深雪に映ゆる大山家
 割榾を窓覆ふまで積む山家
     
    時々に日箭射し寒天場夕づきぬ
      出稼ぎの人らと語る寒天場     
 凍滝に注連張り祀る峽の村
  
 氷室崩え登城坂の石畳
   岬宮鶏の蹤き来る鰆東風

  野間大坊
    春寒や悲運の将の木太刀塚
 老鴬や桧原へ続く石畳
 宿坂の馬頭観音若葉蔭

 風薫る川灯台の繋ぎ舟
  蕉翁の句碑ある湊風薫る
 
      羚羊ののそりとよぎるキャンプ径
         せせらぎの辺に餉を解くや糸蜻蛉  
 神木の伐採跡の幣涼し

 箱泉どの家も設け村寂か
      
 片山姓多き蘭村穂田明り
 蘭の大樹に棲める秋の蛇
     渓流に沿ひ歩す山路さびた咲く

   ひらひらと蛭泳ぎゐる炎天下

  ししうどや外厠持つ古き家
    朝の月白々湯の町未だ醒めず
    蒼き月浮き露天風呂一人っきり

        つかの間の雷雨瀬をなす男坂
     
  分校の趾に碑の建ち郷の冬
   置炬燵眼鏡と俳誌ありて留守
            
     福寿草向きまちまちに黄の炎
  魔除札貼り外厨秋日濃し
 夜烏のそびらに稲架襖
         
 秋麗や谿にちらばる句輩
    茗荷漬添へ御幣餅ひさぐ茶屋

  柏原伊吹堂
 パタパタともぐさの袋叩き冬
      伊吹嶺をまかなひどの家も柿たわわ
       骨折の予後ぎこちなき梅雨寒や
    
 夕蝉や子守疲れの耳に憂し

   毬栗を飾りて菓子舗の灯明るし
    よべの蜂蹌ひゐしが如何にせん
 花苗を植うや寒暖さだめなき

     襤褸のごと干されし若布涅槃西風
 点々と鮎釣る人に夕迫る

    狂ひ打ちして古時計深夜凍つ
    余寒なほ腰痛癒えず起居憂し
    短日の外出干し物入れてあり

           学生の溢れてゐるや梅雨の書舗     
 登校の傘とりどりに燕とぶ

  月見草昨日の花の萎れ添ふ
    芍薬の芽に膝折れば他の芽また
  すだく虫夜毎に殖えて孫生る

 木守柿残る天辺雲流る

     田に藁を入るる母子に遠雪嶺
     冬の蜂蹌ひゐしが土間に死す
       ストーブに薬罐たぎらせゐてひとり

   年酒の座嫁の生け花小原流

        牡丹に傘さし雨意の日の安堵    
  繋がれて犬が留守番花見頃
  犬が真似火災警報四月馬鹿

 春愁や一途に厨磨きゐて

  石に顔ありと庭師の顔うらら
 竿売りの声よく透り若葉風
    行きずりに抜菜賜はる日和かな

    間引菜の届けてありし戸口かな

    手を打つて餌を欲る猿や秋うらら
 美しく老ゆるは難しすがれ菊
     草引くや旅の句胸に育てゐる 
   
  草老いぬ昼のちちろの音を沈め

 高原に人無く山湖澄みに澄む
   綿虫の「一寸さーがれ」嶺昏れて
   老いどちの連れだち行くや街小春

     ときどきに射す日のありて苺植う

  花屑の髪につきゐる帰りバス
     茶摘女のさざめき合ひの若きかな
      浜木綿に旅の一ト 日の昏れんとす

    娘の膝のまろさや梅雨の陶房に

         ワイパーの始動激しや春驟雨      
     
      双手に苞秋灯の家に戻りけり     
 簗かけてより高鳴れる水の音
 木々に結ふ御籤花めき宮の冬

 凶と出し御籤引き直す宮の冬

樋歩く雀の音や障子貼る
    耳に憑く秒音に夜の冷ゆるのみ
   旧姓で呼び合ひなごむ梅の宿

     かかはらじ詣でる神は留守なれど

     大湫宿三句           
 落葉敷く皇女降嫁の石畳
  村人に遇ふは稀なり古宿冬
   待ち侘びし月の一瞬また雲に
      
 胡蝶蘭咲かせ店主の花談義
           月あるか華やぐ雲のあるあたり        
   玻璃越しの四温の天にヘリ浮ぶ

 置炬燵雲の動きを見つひとり

    四温光舗道にはみ出す花舗の鉢
   雲支ふクルスの見えて葡萄枯る
      雑木山朴の落葉の白瀬なす
      
 菩提樹の落葉踏みしめ来し寝墓
雁渡し病むも短く友の逝く
  木偶警官肩いからせて穂芒に

  よべの雨若葉洗ひて日に眩し

    隠れ耶蘇出土の野辺の草いきれ
  ありなしの風や薄暮の鉄線花
  朱唇めき牡丹の蕾ふふみ初む

  腰までの長靴鮎釣昏れてゐし
  梅雨明けの雷とぞ聞けり荒々し
      傘さして連翹垣の山家かな 
     
   家ごとにのうぜん咲いて故郷なる
 足長く垂れ蜂の翔ぶ夕ながき

 


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